とうとうやってきました今年のメインレースの一つ、くびき野100km!
このレースは二年おきに開催されます。前回初めて参加しました。
ロードだけのウルトラマラソンへの参加はこれで2回目となりました。
結論:
二年越しの目標だったサブ10をなんとか達成しました。
(後述のペース配分を間違えなければもっと上位に食い込めたのになぁ)
コース:
前回はスタートとゴールが別々の会場でしたが、今回は共通で謙信公武道館になりました。前回までは合計6つの峠区間が40〜75km辺りにあり、それまではフラットで走り易いコースでしたが、今回はこの峠区間が前倒しの20〜55kmとなり、峠区間が早く現れることになりました。これが吉とでるか凶とでるか。
レース展開:
今回は猛者揃いのDグループでスタート(早朝6時)。
もし暑くなるのがわかってたら前回のようにAグループで早く(早朝4時半)スタートしても良かったかと後悔しました。皆さん最初から速くて実力未相応の自分もついつい予定より20秒速い5’10"で突っ込んでしまいました。第一の失敗でした。
そして前半の峠区間がやってきました。
夏の練習成果を発揮したく調子に乗って上りは5’30"、下り4'20"で攻めてしまいました。第二の失敗。
中間の50km通過時点で予定より10分の貯金。あわよくばサブ9.5も余裕か。
そうは問屋が卸さず、峠区間での衝撃によるダメージの蓄積からか、60km過ぎた辺りから筋肉痛&足攣り祭り開催。
お祭り早くない?。前回は残り15km位で発生したのに、この悶絶地獄の状態で残り(フルマラソンと同等の距離)を走るのかと気が遠くなりました。
残り30kmでは激痛でキロ7分ペース以上上げられない。距離を踏む程、痛み(足攣り)が増していきました。そして、抜いてきた人達に抜かれ始める悲劇の連続で辛酸をなめました。気付いたらサブ10の残り時間に余裕がなくなり始めました。加えて、ゴールに向かう市街地近くになると信号に何度も止められ更に目標達成が厳しくなりました。それでもこの宿題を二年後まで残したくない一心で痛みと闘いました。
フラフラの自分に新潟組の仲間の応援が身に沁みる。多分85km過ぎあたり。
写真も撮ってくれました。
残り9kmで後から抜き去った同じDグループの選手が「ここまで来たら、サブ10は死守したいですよね!」と声掛けしてくれました。同感!それしかない。
残り1kmの地点で10分弱の時間が残っていたので間に合うだろうと確信しましたが、ペースが落ちていたのでゴールゲートが非常に遠かったです。
そして約3分前のすれすれゴール。
感動の涙ではなく、とにかく安堵の気持ちでした。
この後、隣の椅子に座る。
ゴール後のハプニング:
ゴール後は出し切って全身が痙攣し、立ち上がれず。
椅子から立ち上がれないので腰を下ろして地面に寝るしかありませんでした。
起きあがろうとすると腹筋が痙攣。両足の脹脛、腿の前筋と側筋が一斉に痙攣。
初めて救護のお世話に。スタッフの方々が優しすぎて涙が出そうでした。
ここで2時間近くピットインしました。帰りのことで頭が一杯でゴールエイドにも立寄らず、豚汁や海鮮雑炊にもありつけずでした。
会場を出るのが遅くなったのでラーメンだけ食べて日帰り温泉はスキップしました。
時間に終始追われるロードウルトラは暫くイイかなと思いましたが、この歳になっても目標に向かってがむしゃらになれたこと、そして、その目標を達成できたことに満足しています。
令和6(2024)年10月15日 新潟市で回想
松浦国際特許事務所(新潟市西区)
新潟 弁理士 松浦 康次
